孤灯反射炉+露頭直下

ほったらかし

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生存報告

皆様、大変ご無沙汰しております。
管理人、弧光灯は無事に生きております。
何か更新しなければとも思うのですが、ネタを整理して文章にする気力があまりなく、更新が滞っております。
今後はブログがあることを頭の片隅に留め、面白いと思うものなどの情報発信をしていきたいと思います。
また今後ともよろしくお願いいたします。


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博物館レポート 塩竈神社博物館

塩竈神社博物館 塩釜市一森山1番1号 

塩竈神社博物館は塩竈神社のそばに隣接していて、同神社に奉納された宝物のほか、2階は製塩に関する展示を行っている。
1階の展示室 には国指定重文の太刀などが10点近く展示されており、最も目を引くものとなっている。また、絵画数点も展示があり、遠い昔の塩竈の様子を伝える貴重な資料である。
2階の様子はうって変わり、昭和50年代に作られた郷土資料館のような雰囲気が漂っている。
製塩に関する資料と塩田のジオラマがあるが、かなりくたびれた感じになっている。
漁労関係の資料も若干あるが、奥の方でダンボールといっしょくたになっているのが残念である。

1階がかなりきらびやかであるので、是非2階も気合いを入れていただきたいものである。

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博物館レポート 小美玉市 小川資料館

茨城県小美玉市の小川資料館に行ってきた。
かつてここは鹿島鉄道の常陸小川駅があった街であるが、鉄道の廃線とともに鉄道のない街となってしまった。

小川資料館ページhttp://www.city.omitama.lg.jp/241.html

さて、小川資料館のある小川地域であるが、かつては小川町という町であった。
それが2006年に合併し、現在は小美玉市となっている。

意外にも、納豆の有名メーカーであるタカノフーズはこの小川町に本社がある。
その辺の展示はどうなっているかというのも見たいところであるがさてさて。

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建物は公民館の裏手、図書館と併設で2階が資料館となっている。

建物自体新しく、綺麗な施設で、地域の歴史が満遍なく紹介されている。
ご当地的な資料は、小川河岸のジオラマ・江戸時代の医学者本間玄調・巨大なケンポナシの根など。
ゆっくり見て1時間ぐらい。

【小川河岸について】

小川の河岸については、現在もその場所がわかるとのことなので、現地に行ってみた。
どうも、この場所がかつての河岸があったところで、案内の看板が立っている。


大きな地図で見る
地図中縦横に建物の無いエリアがあるが、ここがかつての川で、今は暗渠となっている。

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左側の軽トラの後方に案内の看板があるくらいで、面影はない。

その他詳しい情報はこの辺りを参照されたい。

霞ケ浦から江戸へ 水戸藩水運の拠点


空港や納豆工場などがあるエリアなので、その辺りの展示も欲しかったが、特にこれといった展示は無かったのが残念なところ。
市街地には古い建物が多いので、文化財的建物をピックアップして紹介などもやっていただきたいところです。


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フェリー乗船レポート 大島汽船

大島汽船は、宮城県気仙沼市と気仙沼大島をむすぶ航路を運行しています。

http://www.oshimakisen.com/

現在稼働中の船舶は「フェリー亀山」「おおしま」「海来(ミライ)」の3隻となっています。
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左「フェリー亀山」 中「海来」 右「おおしま」

フェリー亀山・海来は東日本大震災の津波で被災するも、修復を経て復活。
また、「おおしま」は愛媛県新居浜市の大島航路に就航していたものが、新造船の就航に伴い引退していたものが寄贈されたものです。

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市沼仙気 の隣にうっすらと「浜居新」の文字が浮かんでいる。


さて、乗船したのは「フェリー亀山」で、2004年就航。
1階が車両甲板と客室、2階がデッキ、3階が操舵室といった構成。
客室スペースがほぼ通路のようになっているため、手狭な印象を受ける。
天気がよければ屋外デッキでカモメと戯れるのが一番いいように思えます。

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気仙沼大島は鳴き砂で有名な十八鳴浜(くぐなりはま)などで知られる自然豊かな島で、島北側の亀山からは気仙沼市外や遠く岩手の山々が一望できます。

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観光情報については、気仙沼観光協会のホームページからどうぞ。
http://www.k-macs.ne.jp/~oshimahp/

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気仙沼市街地に劣らず、大島も着実に復興の槌音が聞こえており、物資を運ぶトラックや観光の車などで、カーフェリーは満員御礼の状態でした。

夏の晴れた日など、大島の静かな海岸をのんびりと散策してみたいものです。

気仙沼市街地は大正・昭和の古い建物が多く残っており、市街地散策もまた楽しいものです。
気仙沼駅前から、ちょうど徳仙丈山行きのバスが出ていたので行ってみました。ツツジの最盛期には斜面全体が朱色に染まり大変美しいそうです。
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フェリー乗船レポート 塩竃市営汽船


塩竃市営汽船は宮城県塩竃市と浦戸諸島を結ぶフェリーです。
http://www.city.shiogama.miyagi.jp/html/kankou/urato/annai/shieikisen.html

現在、「みしお」「うらと」「しおじ」の3隻が運行中です。
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左:「みしお」中:「うらと」右:「しおじ」




市営汽船とは言うものの、松島湾の島々を巡る航路のため、観光船でないながらも松島の風光明媚な景色を船上から眺めることが出来ます。

浦戸諸島に関しての観光は、塩竃市がホームページで紹介しているのでそちらをご参照あれ。
http://www.city.shiogama.miyagi.jp/html/kankou/urato/index.html

各島は小さいながらも、歴史と自然が豊かで、全島巡るなら1日がかりとなりそうです。

ハイキングガイドもありますが、情報が少し古く、津波で道路が流失したりしているところもあるので書き直してもらいたいところです。

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写真は野々島の森に巡らされた通路。名物「椿のトンネル」もこんな感じの道。

往来はあまりないのか、立派な蜘蛛の巣がいたるところに貼ってあったり、地震か何かで崩れたままの石碑・墓石もあり、なんとも不思議な通路である。

それとも、普段の主要な交通は海側の道路が担っているのかもしれない。

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この日訪れたのは野々島だけですが、3月11日の津波はこの平和な小さい島も襲い、最も大きい集落が壊滅したようです。
瓦礫等は粗方片付いたようですが、道路も仮設で未舗装ですし、堤防もひび割れているなど、元に戻るにはまだ時間がかかりそうです。


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さて、最後に松島の状況ですが、被災後も変わらず、多島海の美しい景色を残しております。

大波によって削られたせいか、地層面が鮮やかで、海の青と陸の緑のコントラストを一層鮮やかなものにしています。

観光フェリーも動いており、美しい松島の風景はこれからも見ることができそうです。

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市原市田淵の古地磁気反転期の地層

皆様、本年もよろしくお願いいたします(懇願)。

さて、たまには地学的なことを、ということで、市原市田淵の路頭に行ってまいりました。
この場所、調べるとすぐに出てきますが、「地球磁場逆転期の地層」というものがあります。

見た目は何の変哲もないただの川沿いの崖なのですが、ここに面白い現象が記録されているというのです。

地球は磁気を帯びていて、そのために方位磁石は北を指します。
この磁気が現在とは間逆だった磁気が過去にあります。
地球の磁気は過去、幾度となく逆転を繰り返してきました。

逆転の記録のうち、最近のものは地層中に多く保存されています。
その代表的なものは、海嶺を中心として左右対象に正極期(現在と同じ)と逆極期が記録されているものです。
こういうものを地学図表などで見たことはないでしょうか。↓
                    ||||中央海嶺||||

わかりづらいですね。
いちおう、中央海嶺を軸として、左右対称に広がっている古地磁気の記録をイメージしました。

さて、その古地磁気を記録した地層が海底だけでなく、地上にもあります。
ひとつはイタリアに、もうひとつは市原市の田淵にあります。

市原市田淵といえば・・・
地図
田淵

養老川沿いにできた平地に広がる田園風景… そして養老渓谷に向けて徐々に山がせり出してくるような千葉によくある光景しか浮かび上がってきませんが果たして・・・・

さて、アクセスは県道81号線を南下し、月崎駅付近の養老川に架かる「境橋」を過ぎ、ヤマザキショップ(現在は閉店)そばの細い道を「田淵会館」の方に進むとそこが入り口です。駐車スペースは田淵会館にあります。
列車を使う場合は月崎駅を下車し、県道81号線を目指して歩きます。

田淵会館脇の小道を入る
小道の入り口。案内の看板もあります。奥が田淵会館です。

どんどん川原に向けて下っていく
細い道を川原に向けて下っていきます。イノシシが出てくるかもしれないので気をつけて下さい。

川原
川原に出ました。路頭はすぐ近くです。

さて、もうすぐに路頭とご対面です。
高まる期待…



さて、





路頭


これ!!




・・・?


これです。正真正銘。

そもそも、国本層は第四期の地層。しかも川岸となれば層理面も不明瞭になってもう訳がわかりません。

それでも、ここには古地磁気逆転の記録が残されているというのです。

アップで。

路頭アップ

上から垂れるツララが市原の冷え込みを物語っています。
それにしても、ローインパクト。
期待した通りですが。

ちなみに、赤のタグが逆極期、緑が正極期、黄色が不安定だった時期だそうです。




この場所、今流行のパワースポットとしても紹介されてしまっているそうです。
どうでしょう、パワー、感じますか?

川とかは綺麗なので、ちょっとした癒しを求めに行くのにはいいかもしれません。
夏~秋は蚊が多そうなのでやめた方がいいかもしれませんね。

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unicorn narita



また生存報告が必要なほど間隔が空いてしまいました。
お待たせしました、Satuns以来、およそ2年ぶりの途中下車シリーズです。
そして何よりも、およそ4年ぶりの里帰り、成田線の動画でございます。

それがこんな有様なのですから困ったものです。

さて、本作を作るにおいて、テーマが2つほど。
・さよなら113系
・とにかく取材した列車と曲のイメージを大切に
この2点。

要約すれば「453Mをunicorn tailに乗せて113系ちゅっちゅする動画」となります。
この453M、千葉を15時47分に発車する列車で、2010年11月30日まで113系で運転されていました。
4連の113系が最後まで運用に就いていた列車です。

11月のこの列車は夕方に千葉を発車して、18時に銚子に着くころには夜の帳が降りていることになります。
ちょうどこの時間帯の、段々と暗くなっていく感じと、unicorn tailの何とも深みのあるメロディが調和している気がしたので、即座に作成を決めました。

時間帯も相まって、かなりの乗車率で千葉を発車するのですが、この混雑が成田まで続きます。
さらに成田から佐原までは学生が乗り、佐原からも銚子に向かう学生が乗ってきます。
車内ガラガラの状態になかなかならない車両で、録音は結構冷や汗モノでした。
でも、水郷をすぎた辺りからの遮るものの何も無い平野と段々と暗くなる空など、かなり印象深い光景が見れました。
この辺も頑張って動画に埋め込もうかと思ったのですが、中々うまく行きませんでした。

動画作成について言えば、前半なんかはだいぶイメージ通りなのですが、サビの部分で大苦戦。
一番スピード感を出したいところでどうしたらいいかわからず、かなり残念な結果になってしまいました。

動画の評価に関してはまあ予想通りといったところでしょうか。
”成田線の人”と呼ばれるのにこのザマというのはかなり残念なところですが、いまのところこれより良い動画が作れそうにありません。
なかなかイメージ湧かないし、また途中下車シリーズはしばらくいいかな、といった感じです。

まあ、これと「113系のことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ」を見て、今は亡き113系の雄姿を回想してくれたらと思います。





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初夏・東京湾より


6月始め、木更津市の牛込海岸に潮干狩りに行ってみました。
何でも、放射能だかの風評被害でかなり客足が遠のいてしまい、例年の1割という驚異的な客の入り方であるとの記事を新聞で見かけました。

潮干狩りといえば、例年、海岸にはうじゃうじゃと人がたかってあっちこっちを掘削する写真を多く見るので、のんびりやるには適しているかと思い、数人連れ立って牛込海岸に向かいました。

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人のいない方面はこんな感じ。反対側にはもっと大勢いましたが、間隔も結構あいていて、のんびりした感じでした。

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第一掘り目でヒットしたエビ。つままれて写真を撮られるまくるという酷い扱いを受けていた。

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ゴカイ類のほか、こんなわけがわからないものもヒットしてしまう。

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ガザミ。この干潟では結構大きめの種類に入るようだ。必死の抵抗むなしく写真を撮られまくる。

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最も謎だったヒラムシの仲間。調べても名前が出てこないし、どういう構造なのかも極めて謎で不快。


東京湾でもいろんな生物がいることを再確認し、干潟が生物の楽園であるということも理解することができた日であった。
ただ、ホソウミニナやアラムシロなどの貝たちにはえらい迷惑をかけたなぁーと同時に思うのでした。
毎年、大量の霊長類が干潟を掘削するわ踏まれそうになるわ、いい迷惑でしょうなあ。


おまけ
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113系最後の夏です。



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日東

だいぶ更新をサボっていました。
別に忙しかったとかそういうわけではないのですけれどね・・・
こういうの作ってましたし。



2011年春アニメ、「日常」のOPパロです。
現在注目株のようで、ジャンル問わず良質なMADがたくさんupされつつあります。

今回は徹底したタイトルオチを追求・・・ ということで、「日」のつく事業者を探したのですが、ふと思いついたのが日東交通というわけでした。

他にも千葉県内で「日」の付く事業者もある気がしますが、まあそこは置いといて。

日東交通はバス趣味的にもなかなか面白い路線や車両を走らせているので、その魅力を余すところなく伝えられればよかったのですが、限界があったかなーという感じ。

ただ、最初10秒やラスト10秒は使いまわしなしで30車両を一挙に並べてみたり、若干細かい動きなんかにも気を使ってみました。

バスも動かしようによっては結構いろいろと人間的な動きもできるのかなぁと思った次第であります。

取材は主に木更津駅近辺でやりましたが、ちょこちょこ君津や富津、館山、鴨川に出張しています。

もう少し田舎的な要素のある写真なんかを使えたらもっと味わい深くなるのかなと思ったり。

そんな感じのMADです。youtubeでもニコニコでも日東交通関係の動画が少ないので、これをきっかけに動画が増えればいいなって。

何気ない日常に「日東」というエッセンスを加えて、見てくれた皆様の日常が「非日常」の連続になったらいいなって思います。

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産地近況-市原市瀬又の堰

東北から関東にかけては大震災で、もうそれどころではないですが、生存報告も兼ねてブログ更新します。
2月23日に瀬又の堰に行ってきました。ただ、この地点に関しては数年前(2009年夏ぐらいと記憶)から「村田川の増水で堰が流されて行けなくなった」との情報がありました。
ですので、それの真相を確かめるべく、また被害の状況を確認するべく瀬又に向かいました。

で、結論から言うと瀬又は駄目でした。
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画面右側のコンクリートに昔は橋が架かっていましたが、完全に流されて消失しています。
それだけでなく、上流からの土砂や護岸のパーツ(赤茶色の鉄板のようなもの)も堆積している状況です。

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これが以前の瀬又の堰ですが、完全に橋が消失しているだけでなく、対岸もかなりえぐられていることがわかります。
行ったことがある人は判ると思いますが、渡った先にあった弁財天や堰竣工の碑(確か)も流されてしまっているように見えます。

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橋入口から見た写真。対岸に渡るのは不可となっている。


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被害に遭ったのは堰だけでなく、やや上流の護岸も川側に傾いているほか、土砂の流出も起きています。
こんなに小さい川でも増水すると大きなエネルギーを持つことが実感できます。

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現在、この護岸に関しては復旧工事が行われる予定のようで、一部では木で骨組み?のようなものをすでに作ってありました。
ただ、堰までが復旧されるかは不明ですので、今後かなりの間は安全な産地とはならないようです。


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この標柱が堰の手前で終点となっていたのが気になる・・・

追記しておきますと、瀬又の堰に行く方法が全くなくなったわけではありません。
単純な話ですが、渡河という手段があります。見たところ、浅い場所もあるようなのでそれなりの装備をしてくれば渡れないことはありません。
ただ、やはり気軽に行ける産地ではなくなってしまったことが非常に残念です。
また一日も早く橋が復活して対岸に渡れるようになることを祈るばかりです。

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